出されない手紙

愛するリオウ

お誕生日おめでとう。
あなたに直接そう言いたいのに、あなたはここにいないから、こうやって手紙を書いています。
元気でいるかしら?病気とか、怪我とか、していない?
私は、元気よ。
でも、あなたがいない宮廷は、少し淋しいわ。
ときどき、夜空を見るの。あなたの瞳の色をした夜の空。
小さな星が瞬いて、あなたが私を見ていてくれるような気がする。

あなたがいた部屋は、カインに無理を言って、そのままにしてあります。
エミリオが、ときどき、お掃除をしてくれるから綺麗なままよ。
私も、ときどき、その部屋を訪れます。扉を叩くとあなたが、
「姫でしたか。どうぞお入りください」
っていってくれそうな気がするわ。
でも、誰も答えてくれない部屋。あなたの残した香りさえ、薄れてしまった。
それでも、私は、そこを訪れずにはいられない。おかしいでしょ?
きっと、あなたは、もうこの部屋には戻ってこないわね。
私はそれを確認するために、あなたの部屋へ行くのかもしれない。

ねえ、リオウ。
あなたが戻ってきたら、一緒に旅に出ましょう。
あなたの故郷を探して?
それとも、どこか遠い国をただ知るために。
ただ、私はあなたと連れ添って、残りの生涯を生きていきたい。
あなたのためにだけ、生きていきたい。
そんなわがままを言ったら、あなたは困った顔をするかしら?
それとも、優しく笑ってくれるかしら?

私ね、最近は、お裁縫も、お掃除も出来るようになったのよ。
先生は、ロデルのお母様。
最初はびっくりされちゃったけど、たくさんのことを習いました。
ロデルがカインの先生で、そのお母様が私の先生なんて、ちょっとおかしいわね?
でも、まだ、お料理は苦手。同じお料理が、同じ味になったことがないの。
あ、今笑ったでしょう?
でもいいわ。リオウはお料理が上手だったものね。後から、リオウに教えてもらうことにする。

あなたが宮廷を出てから、二回目のお誕生日よ。
前に、「僕の誕生日なんて意味はありませんよ。僕が拾われた日ですから」って言っていたけど、
でも、やっぱり、今日は特別な日。
この世界に「あなた」という人が、存在することが確かになった日。
だから、やっぱり私は「おめでとう」と言うわ。

リオウ、元気でいる?
私は元気よ。
ちゃんと笑っている。泣いていないわよ。
次に会ったら、笑って「おかえりなさい」と言うわ。
そして、ここから、出て行きましょう。
どこか、遠くへ。誰も知らないところへ。
カインには、もう、そう言ったの。最初は反対したけど、今はもう何も言わない。
だから、大丈夫。
勝手にそう決めて、ごめんなさい。
でもきっと、あなたはこんな籠の中では生きていけないわね?
ほんの少し見せてくれたあなたの素顔は、こんな駆け引きだらけの宮廷には似合わない。
だから、私はあなたと一緒にここから出て行くの。

あのね、お願いがあるの。
もうひとつ、わがままを言ってもいい?
早く、戻ってきて。
夢の中だけじゃなくて、早く戻ってきて。
あなたの体温で私を暖めて。
いつも、心のどこかが寒いの。
私が、風邪を引いちゃう前に帰ってきて。

ほんとに、ほんとに、体にだけは気をつけて。
ときどき、夜空を見て?
私が見ているのと、同じ星を見るかもしれないから。
そうしたら、遠くにいても一緒にいるのときっと同じ。

愛をこめて。



王女は、書き上げた手紙を丁寧に折りたたみ、封をすると、そっと引き出しの奥にしまった。
そして、窓を開け放ち空を見上げる。
今日の夜空は晴れていた。薄い雲が流れるのが見える。
そして、彼女の愛する人の瞳と同じ色の空に瞬く小さな光。
小さく動いた唇は、その名を呼んだのかもしれなかった。
まだ、浅い春は、わずかに湿り気を帯びていた。




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樹様のコメント

帰りを待っている姫だけど、
ただ、泣いて待ってるだけじゃない、
前向きな姫になっているでしょうか?
姫は、リオウが戻ってくることを疑っていない、
そんな状況を書きたかったのですが。