愛の試練

休日だと言うのに、エドガーは今日も執務室に篭っていた。
来週からの、カインの教育予定を立てる為である。
というのは、建前で。
ここにいれば、群がって来る女性達の相手をする事もなく、身体を伸ばせるからだ。
エドガーにとって此処は、息抜き出来る唯一の場所になっていた。
窓からの陽光を借り、ゆったりと書物を捲りながら、充実した休日を送っていたエドガーの耳に、小さく聞こえた、ノックの音。
控えめに三回。
やや特徴のある叩き方に、エドガーは笑みを浮かべた。
「開いている。入るがいい」
扉の向こうから、ピョコンと顔を覗かせたのは、彼の従妹の王女。
今日も、頬を健康そうな薔薇色に染め、琥珀色の瞳をキラキラと輝かせている。
「エドガー、あのねあのね...これ、作ったの。良かったら食べてみて?」
そう言って、とたとたとエドガーの側へやって来た王女。
小さな掌に載せられた白い皿に、こんもりと乗せられた、消し炭のような、物体。
「...何だ、この物体は...?」
エドガーの背筋に、嫌な予感が走る。
「あのね、クッキーなの!私が作ったのよ?」
期待を込めて、王女の瞳がキラキラとエドガーの翠石のような瞳を覗き込む。
その眼差しに込められた、言外の台詞。
『もちろん、エドガーなら食べてくれるに違いないわ!』
じりじりとにじり寄って来る王女に押されるように、エドガーの身体が、椅子ごと後退さる。
確かに、エドガーは王女の事を少なからず想っている。
どころか、この可愛い従妹を我が物にしたいと常々思ってもいる。
だが...
それと、目の前のコレとは、全く別の問題なのである。
なんだか、プスプスと細い煙を上げる、目の前の物体。
腹に入れたら、下りそうだ...。
脂汗をコメカミから流し躊躇するエドガーに突き刺さる、王女の一撃の一言。
「折角、エドガーのために作ったのに...」
ズギューン!
愛しい女が、自分の為に作ったお菓子。
これを食さなければ、男が廃る!!!!
意を決し、エドガーが消し炭のような物体を、恐る恐る口に入れる。


ぱくっ


...?
うまい。
見栄えはともかく、味のほうは予想に反し、中々の出来栄えである。
「旨い...」
エドガーの言葉に、王女の顔が、パーっと輝いた。
「良かった〜!エドガーが美味しいと言ってくれたら、安心ね!」
...安心?
その言葉に首を捻ったエドガーの眼に飛び込んで来た、可愛らしいリボンをつけた包み。
中には、どうやら同じクッキーが入っているようである。
だが、皿の中身よりは幾分かマシなものが。
「これ、リオウのお誕生日祝いのプレゼントなの!喜んでくれるといいな...リオウ」
頬を上気させながら、嬉しそうに微笑う王女。
それを見たエドガーは...
思わず、頭が真っ白になった。
「早速、リオウに渡してくるわね!エドガー、試食してくれて有難う!」
呆然とするエドガーを置き去りに、王女が部屋から小走りに駆けて行く。
徐々に小さくなる足音。
やがて遠くから聞こえてきた、「リオウ〜!」と叫ぶ王女の声。


漸くショックから復活したエドガーが、呆然と呟いた。


「俺は...もしや、実験台か...?」


エドガー=ジペルディ。
彼の愛の苦悩は、まだまだ続く。






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のん様のコメント

初めての誕生日の裏話です。
こちらは激しくコメディになってしまいました(笑)